ウィーンから少し東へ。
ドナウ川沿いに広がるMarchfeld(マルヒフェルト)地方は観光地としての知名度は高くありませんが、静かで落ち着いた雰囲気の中、豊かな自然、そして歴史が息づいています。この地には、まるで物語から抜け出したような古城が点在しています。
今回は、私が訪れた4つの城と町――ハインブルク・アン・デア・ドナウ、ニーダーヴァイデン城、ホーフ城、エッカーツァウ城――をめぐる旅の思い出をお届けします。
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| ▲エッカーツァウ城 |
①ハインブルク・アン・デア・ドナウ|中世の面影と静かな祈り
旅の始まりは、ドナウ川沿いの小さな町、ハインブルク・アン・デア・ドナウ(Hainburg an der Donau)。オーストリアとスロバキアの国境近くにあり、かつては交易の要衝として栄えました。町のシンボルは、13世紀に築かれた城壁と門。歴史を感じる石畳の道を歩くと、中世の息吹が今も残っているのを感じます。
この町は、ハプスブルク家とオスマン帝国の戦いの舞台にもなりました。1683年、第二次ウィーン包囲の際には防衛拠点として重要な役割を果たしています。城壁の上を歩けば、当時の兵士たちの足音が聞こえてくるようです。
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| ▲ハインブルク・アン・デア・ドナウ街中心部 |
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| ▲街を囲む城壁 |
一方で、忘れてはならないのが「死の行進」の記憶。第二次世界大戦末期、ナチスによって強制収容所から移送されるユダヤ人や囚人たちが、この町を通過しました。極寒の中、多くの命が失われ、その悲しみは今も町の記憶として刻まれています。
町の一角には、死の行進の犠牲者を追悼する記念碑が静かに佇んでいます。その場所に立つと、自由と平和の尊さを改めて胸に刻むことができました。
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| ▲ウンガー門(Ungartor) |
②ニーダーヴァイデン城|皇帝の狩猟と贅沢な晩餐
次に訪れたのは、ハインブルクから車で15分ほどのSchloss Niederweiden(ニーダーヴァイデン城)。18世紀初頭、プリンツ・オイゲンによって建てられたこの城は、後にマリア・テレジア女帝の所有となり、狩猟用の離宮として華やかな時代を迎えました。
ロココ様式の優美な装飾が施された内部は、特に「狩猟ホール」が圧巻。ここで女帝が宮廷の貴族たちと壮大な晩餐会を開いたと言われています。伝説によれば、ある晩餐会で女帝が「今夜は庶民の料理を」と言い出し、厨房が大混乱に陥ったとか。今もその厨房は見学でき、当時の料理道具やレシピが展示されています。
静かな午後、鳥のさえずりを聞きながら庭園を歩くと、遠い昔の宮廷のざわめきが蘇るようでした。
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| ▲ニーダーヴァイデン城 |
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| ▲美しくお手入れされた庭園 |
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| ▲当時の面影を残す厨房:料理道具やレシピが展示される |
③ホーフ城|ハプスブルク家の栄華と夢の庭園
マルヒフェルト地方最大級の城、Schloss Hof(ホーフ城)は、プリンツ・オイゲンが自らの理想を形にした壮麗なバロック建築。後にマリア・テレジアが買い取り、家族とともに過ごした「田園の宮殿」として知られています。
見どころは、広大な7段のテラスが連なる庭園と、豪華な宮殿。春には花々が咲き乱れ、ヨーロッパ屈指の美しさを誇ります。宮殿内には、女帝が愛した「中国の間」や、フランツ・ヨーゼフ皇帝が滞在した部屋など、歴史の息吹が感じられる空間が広がっています。
この城には、マリア・テレジアが娘マリー・アントワネットに宛てて書いた「秘密の手紙」が壁の隙間から発見されたという逸話も。母から娘への愛情が、今もこの城に静かに息づいているようです。
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| ▲ホーフ城 |
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| ▲ホーフ城:広大な庭園 |
④エッカーツァウ城|帝国最後の日々の舞台
旅の終着点は、Schloss Eckartsau(エッカーツァウ城)。この城は、ハプスブルク帝国の終焉と深く結びついています。1918年、第一次世界大戦後、皇帝カール1世は退位要求を拒絶し、スイス亡命までの間、家族とともにこの城で最後の日々を過ごしました。
内部は当時のまま静かに時を刻み、皇帝一家が送った穏やかな日常が今もそっと伝わってきます。特に「退位の間」は、歴史の大きな転換点を象徴する場所。カール1世が家族と過ごした最後の夜、窓の外には静かに雪が舞っていたと伝えられています。
かつて栄華を極めた一家にとって、地位も名誉もすべてを失い、帝国の終わりをどんな思いで受け止めたのでしょうか。
また、皇帝の忠実な侍従が「帝国の未来を信じて、城の庭に小さなオークの木を植えた」という話も残っています。その木は今も静かに成長を続け、過ぎ去った栄光の日々を見守っています。
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| ▲エッカーツァウ城:正面から |
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| ▲エッカーツァウ城:裏庭から |
旅の終わり、ドナウ川のほとりで
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| ▲ドナウ川と夕日 |
マルヒフェルトの古城めぐりを終えて
ドナウの風に吹かれながら、マルヒフェルトの古城をめぐる旅は、歴史の重みと人々の物語に満ちていました。
城壁に刻まれた傷跡、小鳥さえずる庭園、晩餐会のざわめき、そして帝国最後の日々――それぞれの場所が、時代を超えて私たちに語りかてくるーーそんな記憶に残る旅でした。
Grüß Gott❤













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